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大阪地方裁判所 平成元年(ヨ)3756号 決定 1990年8月23日

申請人

山口豊近

右申請人代理人弁護士

岡崎守延

山名邦彦

被申請人

北海丸善運輸株式会社

右代表者代表取締役

寺岡保

右被申請人代理人弁護士

本田勇

主文

申請人が被申請人の雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は、申請人に対し、即時金一八四万円を、平成二年八月以降本案の第一審判決言渡しまで毎月二五日限り一か月金四六万円の割合による金員を、いずれも仮に支払え。

申請人のその余の本件申請を却下する。

申請費用は、これを一〇分し、その一を申請人の、その余を被申請人の負担とする。

理由

第一申立て

一  申請の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被申請人は、申請人に対し、平成元年一二月以降毎月二五日限り一か月金四六万七九七〇円の割合による金員を仮に支払え。

二  審理前の答弁

(管轄違いにより)本件申請を却下する。

三  申請の趣旨に対する答弁

本件申請を却下する。

第二当裁判所の判断

一  被申請人は、本件仮処分申請事件の管轄裁判所は被申請人の住所地を管轄する札幌地方裁判所であるとして、当大阪地方裁判所に提起された本件申請の却下を求める。

被申請人主張のような管轄違いが仮にあるとすれば、申請の却下ではなく、移送の裁判をすべきものであるが、本件を札幌地方裁判所に移送すべきかどうかについては、当裁判所が平成二年二月一四日にした被申請人の移送の申立てを却下する決定においてすでに判断したとおりであって、本件につき管轄違いはない。すなわち、疎明によれば、申請人は、被申請人の大阪事務所(大阪市住之江区南港中三丁目所在)で運転手として採用され、同事務所の指示および指揮監督に服して貨物運送の業務に従事してきたものであるが、本件申請提起当時、同事務所には、申請人のほかにも、同事務所で採用されて同事務所の業務に専属的に従事する所長以下の従業員がおり、これらの従業員が北海道所在の被申請人の本店から派遣された運転手および下請会社派遣の従業員とともに、本店の指示に基づく業務のほか、同事務所が事実上独自に開拓した顧客から直接注文を受けて貨物運送業務も行ってきたことが認められ、これによれば、大阪事務所は民訴法九条所定の事務所または営業所にあたるといえるから、同事務所の行う営業の業務に従事する従業員としての地位の仮の確定およびその地位に基づく賃金の仮払を求める申請人の本件申請については、同事務所の所在地の裁判所である当裁判所が管轄を有することが明らかである。

したがって、管轄違いを理由とする被申請人の申立ては、いずれにしても理由がない。

二  そこで、被保全権利の存否について検討する。

疎明と審尋の結果を総合すると、次のとおり認定判断することができる。

1  昭和五九年一一月ごろ、申請人は、被申請人大阪事務所において、被申請人との間で、申請人が被申請人の行う一般区域貨物自動車運送業に関する労働に服し、この労働に対して被申請人から賃金の支払をうける旨の、期間一年(始期は同年一二月一日)の労働契約を締結した。この契約の性質を、申請人は雇用契約と主張し、被申請人は業務委託契約であると主張するが、右契約締結時に作成された労働契約書(<証拠略>)およびその後の契約更新時に作成された同旨の契約書(<証拠略>)の体裁およびその内容に、当裁判所の審尋に対して被申請人の常務取締役梅本正範と取締役総務部長渡辺信也がいずれも右契約は雇用契約であることを肯認する趣旨の陳述をしていることなどの事情をあわせてみると、右契約は雇用契約であることが明らかであるといえる。

2  右雇用契約は、期間を一年とするものではあるが、臨時的、一時的のものではない。被申請人が、将来の雇用調整を容易にするために臨時的に申請人を採用したといった事情はなかったばかりか、申請人が安定した仕事を続けたい旨希望したのに対して、被申請人側も、雇用期間の更新回数を限定するなど雇用の終期を予め定める趣旨のことは何もいわず、むしろ一、二年間仕事を続けてもらえば申請人を正社員にすることを考える旨の、勤務成績不良などの問題さえ生じなければ契約の形式にこだわらずに相当長期にわたって申請人を雇用するつもりであることをうかがわせるような答えをして、申請人を採用した。申請人の従事する業務も、被申請人の基幹的、恒常的な業務である貨物運送の業務である。

もっとも、申請人の場合には、その賃金体系が雇用期間の定めのないいわゆる正規の従業員とは異なり、固定給よりも歩合給の割合がかなり高くなるように定められており、期末手当の支給額が同じ業務に従事する正規の従業員より低額であり、退職金についての定めがなく、また休日や日々の労働時間が具体的に定められておらず、とくに労働時間が長くなることが多い、などの点で、いわゆる正規の従業員とは労働条件が異なっているところがある。しかし、申請人の日常の勤務の内容は、いわゆる正規の従業員である運転手とまったく変わらないうえ、正規の従業員(運転手)に支給される賃金のうちにも、運行手当や未払旅費の名目で支給される歩合給の実質を持つものがあり、しかも基本給に対するその割合が実際にはかなり高く、また貨物運送業務の性質上労働時間が長くなるためであろうが、基本給の三割前後の超過勤務手当が支給されるのが通例であるなどの事情もあり、労働条件の点も、日常の勤務に関しては、実質的にみて、申請人といわゆる正規の従業員との間にそれほどの差はないといってよい。

3  申請人と被申請人との間の雇用契約は、当初の契約締結後昭和六三年までほぼ一年ごとに更新された。最後に更新された契約は、同年一一月二一日付労働契約書によるもので、その期間を同年一二月一日から昭和六四年(平成元年)一一月三〇日までとするものである。もっとも、契約の更新といっても、被申請人の北海道所在の本店から被申請人の記名押印を済ませた契約書を申請人に送付し、申請人がそれに署名押印して返送するという行為を繰り返しただけのことであり(昭和六〇年については、そのような契約書すら作成されずに契約が更新されたようにもうかがえる。)、更新する契約条件等についてなんらの協議をしたこともまったくない。要するに、まったく機械的に契約の更新が繰り返された。ところで、昭和五九年の雇用開始以降、申請人は終始きわめてよく働き(このことは被申請人の梅本常務らも認めている。)、契約更新時において、申請人の勤務成績の点で被申請人に雇用契約関係の継続をためらわせたようなことは一度もなかった。

4  申請人は、従来から、休日が保障されず、その勤務が長時間労働やいわゆる過積載運送を常態としていることに不満を感じていたが、加えて昭和六三年四月から、それまで運行距離一キロメートル当たり四〇円の割合で支給されていた実車運転手当(歩合給のひとつ)を一キロメートル当たり三五円の割合に減額して支給されることに改訂されたということもあったことから、労働組合に加入してこれらの労働条件の改善を図ろうと考え、平成元年五月に全日本運輸一般労働組合南大阪支部に加入するとともに、北海丸善運輸分会を結成して分会長となった。そして、同年六月二四日、右支部と分会から被申請人に対し、申請人の支部加入と分会の結成を通知し、かつ組合員に影響を与える身分、労働条件等の変更につき事前協議を要件とすることなどの要求事項について団体交渉をすることを求めた。

申請人も出席して同年七月二〇日に行われた支部および分会と被申請人との間の右要求事項についての団体交渉が終了した直後に、まったく唐突に、被申請人の渡邊総務部長が申請人を呼び、申請人との雇用契約は更新せず、同年一一月三〇日限りで終了させる旨を告げた。申請人は、突然雇用関係の解消を告げられたことに驚き、分会の協力を得て、被申請人に対して団体交渉によってこの問題を解決するように求めたが、被申請人は、これを拒否し、同年一〇月三〇日に改めて申請人に対して契約は同年一一月三〇日限りで更新しない旨を通知した。ただ、被申請人は、一時、解雇予告手当に相当する賃金一か月分(契約終了前三か月分の一か月当たりの平均額)を提供する旨申請人に対して申し出ていたが、のちにはこれも撤回した。

5  以上のとおり、申請人と被申請人との間の雇用契約は、雇用期間の定めのあるものではあるが、契約関係の終期を厳格に定める趣旨はなく、むしろ被申請人において申請人の長期にわたって働きたいとの希望に応じるような趣旨のこともほのめかしており、そして契約締結後約定の一年の期間更新がまったく機械的、形式的に四回繰り返された結果、雇用開始以降更新拒絶までにすでに五年も経過しており、その間に申請人が従事した勤務は終始被申請人の基幹的、恒常的な業務である貨物運送業務であり、実際に申請人が従事した運送業務の内容は雇用期間の定めのないいわゆる正規の従業員とまったく変わりがなかった、などの右1ないし4の事情のもとでは、右雇用契約関係は、期間の定めのあるものではあっても、被申請人の更新拒絶時にはすでに期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存続していたものとみることができるものであり、したっがて被申請人の更新拒絶(雇止め)は実質において解雇の意思表示にあたるものであり、その意思表示には解雇の法理が適用されるというべきである。

6  そこで、被申請人のした更新拒絶すなわち実質的には解雇の意思表示の効力について検討する。この点につき、申請人が、被申請人は申請人の労働組合加入ないし組合活動を嫌悪して申請人を解雇したものである旨主張するのに対し、被申請人においては、被申請人の更新拒絶は申請人の組合加入などとは関係がないものであり、右更新拒絶は、被申請人が事業免許を受けている一般区域貨物自動車運送事業の事業区域外である大阪周辺の一般道路における被申請人の貨物運送業務が、道路運送法(平成元年の法改正前のもの)ないし札幌陸運局長の昭和五三年公示第一二号による基準に適合しない営業所を拠点とする同法(右改正前のもの)二四条等違反の営業であるとの指摘を陸運局から受けており、申請人のように現地採用した従業員とみられかねない運転手にこの業務に従事させることは一層右違法の疑いを強くさせるものであるのに加えて、大阪周辺でいわゆる過積載運送が警察によって厳しく取り締まられるようになったことから、その違法状態を解消するためにした(申請人との契約関係を解消させた)ものである旨主張する。

被申請人が申請人との雇用契約の更新拒絶をした当時、確かに被申請人のいう違法を疑われる状態はあったが、被申請人の梅本常務、渡邊部長もいうとおり、そのような状態で営業をしなければならない事情が、被申請人が申請人を雇用するより前から現在まで程度の差はあっても変わることなく続いており、実際に、右更新拒絶後においても、被申請人においては、大阪事務所を神戸市に移転したという事情はあるものの、そこで従来とそう変わりのない営業を続けており、その営業のために北海道の被申請人の本店からいわゆる正規の従業員(運転手)を派遣し、この従業員を北海道に帰任させてもさらに交替の従業員を派遣する予定である。要するに、現実の問題として、申請人との契約の更新を拒絶したからといって被申請人のいう違法状態の解消に特につながるというものではなく、かつ被申請人が大阪周辺で従来と同じような営業を続けるために被申請人の雇用した従業員を必要とする状態は何も変わっていないのである。もちろん、被申請人のいうような違法状態が解消されるべきであることはいうまでもないが、その解消のために、申請人のような現地採用されたということを除けばいわゆる正規の従業員と差がないといってよい従業員との契約関係を解消すること以外に方法がなかったことをうかがわせるような資料もなく、また被申請人が違法状態解消のために従業員の解雇ないし類似の措置以外の方法があるかどうかを検討し、それを避けるための努力をした形跡も特にない。申請人はきわめてよく働く従業員であって、その勤務成績の点において雇用関係の解消を考えなければならないといった事情がまったくなかったことは、前記のとおりである。このような事情と、被申請人が申請人に対して雇用契約の更新拒絶を告知したのが、被申請人に申請人の労働組合(前記支部)加入を通知し、申請人が現実に積極的に組合活動に参加するようになった時期と一致しており、このころに前記の被申請人のいう違法状態の態様に特に変化が生じたこともなく、そして右更新拒絶がきわめて唐突であったことなどをあわせ考えると、被申請人が申請人に対してした更新拒絶すなわち実質的に解雇の意思表示は、申請人の労働組合加入および組合活動への積極的な参加を被申請人が嫌悪した点に主要な動機があるということができ、その意思表示は、合理性を欠き、長く安定した勤務を継続したいとの申請人の期待を裏切る信義則違反で権利(解雇権)濫用の行為であって無効というべきである。

7  したがって、申請人は、雇用契約に基づく被申請人の従業員の地位を失わず、かつ、その地位に基づき被申請人から賃金の支払を受ける権利を有するといえる。その賃金の額は、平成元年一一月三〇日の直前の三か月の一か月当たりの平均額をとっても、同年一月一日以降右期日までの一一か月の一か月当たりの平均額をとっても、四六万円を下らない(期末賞与を除く。)ので、若干控え目であるが、同金額をもって申請人が被申請人から支給を受けるべき賃金額(一か月分)と認める。その支給日は、毎月二五日である。

二  そこで、保全の必要性について判断する。

疎明によれば、申請人は、格別の資産もなく、被申請人から支給される賃金で自己と家族の生計を支えてきたものであり、賃金の支給を受けられない現在の状態を本案判決確定まで継続しなければならないとすれば、生活を維持することはできなくなり、回復しがたい重大な損害を被ることが認められるから、本件においては保全の必要があるといえる。被申請人のいうように申請人が従来と同様の運転手の職に容易に就けるという事情が仮にあるとしても、それだけでは保全の必要性を失わせるものではない(被申請人のいうようなことを肯定すれば、申請人は、被保全権利の存在が一応認められ、生活維持のためにもその権利のすみやかな実現(暫定的実現)を望んでいるにもかかわらず、本件のような仮処分による救済をおよそ受けられないという酷な結果を招くことになりかねない。)。もっとも、疎明によれば、申請人は、被申請人主張のように本事件の審理継続中の平成二年五月一〇日から三交運輸株式会社に運転手として勤務したという事情があるが、これは、その労働契約書にも明記されているとおり、就労期間を二か月として(ただし、更新されることはある。)、アルバイトとして勤務するというものであり、申請人は生活維持のために臨時的かつ一時的にこのような就職をしたものにすぎず、しかも同年七月一四日には右会社によって右就労契約を解除された(申請人の属する前記支部もこの契約解除を容認している。)ことが認められるから、現在も保全の必要性はなんら失われていないといえる。したがって、被申請人との雇用契約に基づく申請人の従業員の地位を仮に定め、かつその地位に基づく賃金の仮払を被申請人に命じる必要がある。ただ、申請人は、右就労その他日雇い労働等によって収入を得るなどして、右就労契約解除のころまで辛うじてにしても生計を維持してきたことが疎明と審尋の前趣旨によってうかがえるから、平成元年一二月から平成二年七月までは前記認定の賃金額の半額に相当する月額二三万円(八か月の合計一八六万円)の限度で仮払の必要性を認める。同年八月以降は、本案第一審判決の言渡しまで前記月額四六万円の限度で仮払の必要を認める。以上を超える仮払の必要があることは認められない。

三  以上のとおりであるから、申請人の本件申請は、右必要性があるとした限度で認容し(なお、前記仮払すべき賃金の支払期限は、平成二年七月までの分一八四万円は即時、それ以後の分は同年八月以降の毎月二五日である。)、その余は理由がないので却下することとし、申請費用の負担につき民訴法九二条、八九条にしたがって、主文のとおり決定する。

(裁判官 岨野悌介)

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